Jungla de Cemento 南米在住アーティストのブログ

la voz del paraguay〜パラグアイで音楽、アート活動をするTomikoのブログ!Noisy Graphics! Rebel Music!

5月5日は子供の日、永遠のクソガキに

おめでとう。。潤平君。

子供の日。

健やかに育っておくれ。

 

 

 

 

幼稚園ではこいのぼり制作。

なかなか可愛いのができました!

 

 

物凄く真面目に勉強する高校生たち。

どうしちゃったのー。

なんか変!

いつもはすぐ遊びたがるのに。

いいことだけどちょっと寂しかった日。

 

 

 

 

未来には何があるのかはわからない。

 

10代頃の親友と言える人を

また、一人失った。

私の交友関係は決して狭くはないが

人見知りの性格につき

ごく限られた気の合う人とのみ

距離を近づけて付き合うことが多い。

だから実際、近しい友達というのはほんの一握りである。

そんな数少ないうちの一人、

高校時代の親友を亡くし

今度は専門学校時代の親友を亡くした。

 

偶然にも彼が亡くなった翌日(予約投稿なので実際書いたのは命日になる)、

私はこんなブログを書いてた。

先に失った高校時代の友人の作品のデータ化を求める記事である。

何故、ずーっと前のことをこの日、掘り出して書いたのか私にもわからない。

けれど、同じことを彼の作品にも求めたい。

その重要性を、伝えてくれたんじゃないかな。

わかんないけど、データ化してほしいって言ってんじゃないかな?

ってふと思った。

arditomiko.hatenablog.com

 

私が専門学校を中退して、

数年後、彼がNYから戻った頃、

お互いに上手くいかない現状の報告会議をよくしてた。

ダメ人間同士の密談である。

どうにもこうにもうまくやれない似た者同士で、

永遠のクソガキというか、、、

芸術や世界のこと、いつもシェアしていた。

老後お互い寂しくしていたら、理想郷作って暮らそうかなんて

冗談を言うような、気楽な友人だった。

こんな言葉あんま普段使わないけど

ソウルメイトってやつだ。

お互いに人として尊敬していて、

人間的な愛情でつながっている。

 

そのうちだんだんと仕事が忙しくなり、

私も当時の彼氏と同棲を始めたりで、

連絡を取れることが少なくなっていった。

それから何年か過ぎた2006年くらいだったんじゃないかな。。。

新婚旅行(ではないが無理やりそう思うことにしてる。それまでお店の仕事で大阪にこもりっきりだったから)に出かけたある夜、

久しぶりの電話があった。

大きな怪我をしたと。

いてもたってもいられない。

旅行どころではなかった。

絵描きの彼は右手を失った。

 

あああ、なんて馬鹿なんだ。

なんで私に言わねーんだよ。いや、言ってるし。。

でも、北海道だし。。

なんて、筋違いすぎて意味も分からない感情がこみ上げ、

ただひたすらの悲しみ、不安、

悔しさのような後悔のような

役立たずの自分への怒りがあった。

 

情けないかな私はこの事故をなかなか直視できず

その後も長らく整理がつかない私を置き去りに

彼は彼なりに自分の状況打開に向けて

いろんなことに挑戦し始めた。

 

専門時代の仲間たちと皆であったり、

顔を見る機会あって、

家の完成披露を皆で祝ったり、

風の便りを聞いたり、

いつも変わらない、気楽な仲間だった。

 

最近の精力的な活動をSNSで見て、

勝手に安心してたのに。。

てーか、お互い、いつも心配しあってたな。

大丈夫か?生きてるか?みたいな。

ほんとダメダメ同志だから。

だからなんとかやってるで。

って返事もらうのが当たり前でさ、

死ぬほどのことがあったら連絡しなきゃだめでしょーが。

馬鹿なのか?

なにしてんだよ。。

てーか、突然すぎて連絡、間に合わなかったんだよな。

わかってるよ。

けど、なんて馬鹿なの!なんでもっと早く言ってくれないの?

って言わなきゃ気が済まないよ。

 

なんとも、整理のつかない気持ちで過ごしたここ数日。

今は少し落ち着いてる。

日本にいる仲間たちが、

彼の作品をきっと大切に

志を遂げるお手伝いをしてくれるはず。

私は何にもできないけど、

大丈夫だと確信はある。

 

芸術家は死んだら~なんて言葉を信じたくもない。

けれど芸術家の死の後、

周りの人間はその人に簡単に触れ続ける事ができるんだ。

残した作品がたくさんあるから。

だからせもても、その作品に触れて

残された私たちは生きていたいと思う。

 

大切な友人と。

 

 

とっても寂しいよ。。

 

けれど、きっと苦しまず旅だったんだろうな。

眠ったまま。

そう思えて楽になった。

 

皆、悲しんでんだぞ。

皆、大好きだから。

皆、悲しんでんだからな。

 

一人で頑張ってないで、

それだけはちゃんと知っておくれよ。

わかったなーーー。

 

いつになるかはわからんけど

また、そっちで遊ぼな。

会えるか、会えないか

遠いか、近いか、

生きてるか、死んでるか

なんて、結局はカンケーないんだ。

 

経験した多くの時間は

事実として

しっかり、私の構成要素になり

刻まれている。

だから、さして問題じゃない。

私がくたばった時、

会って近況報告する日まで

お互い楽しもうぜ。

 

 

 

xx

 

Ardi